ε-δ論法

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限りなくとは?

以前極限のページで「限りなく大きく」とか「限りなくaに近づける」とか書いたが、これはかなり数学的に問題のある表現だ。まあ少し考えたらわかるかも知れないが、「限りなく」という人によって解釈の分かれそうな表現が定義に使われてしまっている。数学において、定義とは万人が考えても同一になるようにしなければ、それは良い定義とは言えない。ではどのようにすれば数列や関数の極限はうまく行くだろうか。

解決する方法としては、不等号で評価することである。始めに、数列$\{a_n\}$が $a$ に収束することを数学的に厳密な方法で記述してみよう。 $$ \forall \epsilon\gt0, \exists N\in\mathbb{N}, n\ge N\implies |a_n-a|\lt\epsilon \tag{1} $$ $\forall$は「全ての」とか「任意の」という論理記号で、$\exists$は「ある~」とか「~が存在する」という。論理のページを復習してもらいたいが、これらの2つは否定の関係になっている。

式の意味としては、「数列の項の極限値との差を好きな $\epsilon$ よりも小さくできるように、適切な番号をとることができる」ということができる。式の解釈は難しいが、(1)では一切曖昧な表現は使われてはいない。これで安心して数学的に極限を扱える。

数列の場合にはε-N論法と呼ばれることが多いが、あまり名称は気にしなくても良い。ここで知っておくべきことは、(1)の定義を用いることで、2つの数列の収束の速さを議論することが可能になるのだ。詳しい証明はしないが、以前なんとなく紹介した、無限大に行く速さの議論も可能だ。

関数の極限

同様に関数の極限も厳密に定義しよう。これも数列のものと似たように考えれば良い。関数$f(x)$について$x=a$への極限が$b$であることを定義する。 $$ \forall \epsilon\gt0, \exists \delta\gt0, |x-a|\lt\delta\implies |f(x)-b|\lt\epsilon \tag{2} $$

この式の意味も数列のものと似たように考えればよい。「関数値と極限値との差を好きに選んだ $\epsilon$ よりも小さくできるような$x=a$からの範囲を設定することができる」ということだ。こちらも表現に曖昧な言葉が使われていない。

ちなみに関数の極限も数列と絡めて考えることも可能だ。先程の極限について、$a$ へと収束する適当な数列$\{a_n\}$を用いて、 $$ \forall \epsilon\gt0, \exists N\in\mathbb{N}, n\gt N\implies |f(a_n)-b|\lt\epsilon \tag{3} $$ これを使ってもう少し極限を考えよう。

ε-δ論法の問題点

ここまで極限を厳密に定義することを書いてきたが、実は少し厄介な問題がある。ε-N論法では収束を調べるために極限値をしておく必要がある。しかし極限値を知っているならばわざわざ収束を議論する必要がない。では極限値がわからない状態で極限を考える方法を紹介しよう。

数列の極限について、数列$\{a_n\}$が収束するための必要十分条件は $$ \forall\epsilon\gt0, \exists N\in\mathbb{N}, \forall n, \forall m\ge N, |a_n-a_m|\lt\epsilon \tag{4} $$ が成り立つことである。(4)を満たすような数列のことをコーシー列と言う。ちなみにコーシー列の定義と極限の存在はまた別の問題なので以上のことは定義ではなく定理である。必要十分条件であることを確認していこう。

まずは数列が収束すれば数列はコーシー列であることを確認していこう。数列が$\alpha$に収束しているならば、定義より $$ \forall \epsilon\gt0, \exists N\in\mathbb{N}, n\ge N\implies |a_n-\alpha|\lt\epsilon \tag{5} $$ コーシー列であるためには、$|a_n-a_m|\lt\epsilon$を示せば良い。(5)より、$n,m\gt N$を満たすような$n,m$について、 \begin{align} |a_n-a_m|&=|a_n-\alpha+\alpha-a_m|\\ &\le|a_n-\alpha|+|\alpha-a_m|\lt2\epsilon \tag{6} \end{align} これより収束する数列コーシー列であるといえる。

次に、コーシー列であるならば数列は収束することを示そう。数列がコーシー列であるならば、 $$ \forall \epsilon\gt0,\exists N\in\mathbb{N}, \forall n,\forall m\gt N, |a_n-a_m|\lt \epsilon $$ が成り立っている。

まず、コーシー列は有界であることを示そう。適当に定めた$\epsilon_0$について、番号$N_0$があり、$n,m\gt N_0$について$|a_n-a_m|\lt\epsilon_0$となる。このとき、$|a_n|-|a_m|\lt|a_n-a_m|$より$|a_n|\lt\epsilon_0+|a_{N_0}|$となる。ここで、$M=\max\{|a_0|,\cdots,|a_{N_0-1}|,|a_{N_0}|+\epsilon_0\}$とすると、任意の $n$ について$|a_n|\le M$となるので数列は有界であるとわかる。このためボルツァノ・ワイエルシュトラスの定理より収束する部分列を構成することができる。この部分列を$\{a_{n_k}\}$とし収束先を $\alpha$ としよう。極限の定義から、$\exists K\in\mathbb{N}, k\ge K, |a_{n_k}-\alpha|\lt\epsilon_0$とすることができる。ここで、$K$ をうまく取ることで、$n_K\gt N_0$とできる。このとき、 \begin{align} |a_n-\alpha|&=|a_n-a_{n_K}+a_{n_K}-\alpha|\\ &\le|a_n-a_{n_K}|+|a_{n_K}-\alpha|\lt2\epsilon_0 \end{align} これでコーシー列ならば数列は収束することが示せた。

関数の連続性

関数の連続性について再考しよう。まず、区間$I$で関数$f(x)$が連続であるとは、 \begin{align} &\forall a\in I, \forall\epsilon\gt0, \exists\delta\gt0, \\&|x-a|\lt\delta\implies|f(x)-f(a)|\lt\epsilon \end{align} と書ける(このことは前に書いた関数の連続の定義と極限の厳密な定義を見比べて検討してみてほしい)。実はε-δ論法を用いると、より強い連続性を導入することができる。

連続関数の定義によく似ているが、新しい定義を紹介しよう。 \begin{align} &\forall\epsilon\gt0,\exists\delta\gt0, \\ &x,y\in I,|x-y|\lt\delta\implies|f(x)-f(y)|\lt\epsilon_0 \end{align} このとき、関数$f(x)$は区間$I$で一様連続であるという。一様連続は連続よりも強い条件である。

さて、これでおおよそ極限について書いてきたが、まあ知らなくてもそんなに困るものではない。ただ、数学的に厳密な議論をしようとするとこの定義は必要になるので頭の片隅くらいに置いておきたい。